
家に帰ってのんきにケーキなんかを焼いた後、コスモとともに散歩に出ました。
ちょっと肌寒いけど、小麦畑の間を歩くのはやっぱり気持ちいい。 向こうの方から全速力で私に向かって走ってくるコスモを見ると、もう愛おしくって、愛おしくって、なんともいえない気持になります。
コスモは寝ている時と、走っている時が最高に幸せらしく、特に散歩中は、彼女の「幸せ度」は最高潮。 散歩後は熟睡するのですが、必ず私の傍にやってきて、ひざに頭を乗せたり、だきつくようにぴったりひっついて寝るのです。 私もソファに転がって読書やネットなんぞやってるので、スースーというコスモの寝息を肌で感じています。
時々、本を読むのをやめて、コスモの幸せそうな寝顔を見ながら思う事。
「どんなことが起ころうと、絶対にコスモを幸せにしてあげよう。虹の橋を渡るまで守ってあげよう。」
この小さな命が与えてくれる限りない「幸せ」に報いたいと思う。 守る人がいるということは本当に力になる。 私はコスモを守ってあげられるし、コスモも私を「愛情」という手段で守ってくれる。 だから私はなんの変哲もない日常でも、とても幸せだなーと思う事ができるのです。
でもこういう簡単な、でもとても重要な幸せを突然奪われてしまったら、私はどうするんだろう?とさっきからずっと考えています。
ロンドンのテロの犠牲者の家族達もそうだし、若い米兵の家族(両親はきっとたまらないと思う。)、家族だけじゃなく、住むところや、希望まで奪われてしまったイラクの人たち…。
実は先ほど、はじめて
高遠菜穂子さんのブロッグを読みました。 人質にとられた時には、日本の心無い人達からの家族へのひどい仕打ちにかなりショックを受けたこと、今でも忘れてません。 活動は続けられてるらしい、とはどこかで読んだのだけど、実際に彼女の文章を読んだのはこれが初めて。
イラクであんな目にあった上に、日本での非難も受けて、かなりつらい立場だったと思います。 それでもこうして活動を続けている事、本当にすごいと思う。 彼女の一言、一言には共感させられるし、彼女の苦しみも自分のことのように伝わってきます。
読みながらかなり泣きました…。 悲しいからじゃなくて、なんだかくやしいから。
もっと多くの人が同じ気持になってくれたら、戦争もテロもない平和な生活が誰のところにもくるだろうに。
コスモと過ごす、コスモの愛情を肌で感じる事ができる、という私の「小さな幸せ」はイラクの大部分の人にとっては、とてつもない「夢」なのかもしれないですね。
泣いていてもしかたがないので、まずは自分にできる事を探したい。 一番大事なのは「無知という敵、無関心という敵」をなくすことなのだと思いました。